2015年1月19日月曜日

大会宣言「市民一人ひとりができる社会運動を」



大会宣言

 今年のブロック大会は高知県馬路村の上治堂司村長を講師に招き、「村おこしと世界平和」について語ってもらった。狙いは村社会の経済的自立が人々の心をどのように穏やかにさせるかということである。村の経済という誰もが議論し関心が持てるところまで運動の目線を下げてみようという試みでもある。
 世界連邦運動は70年近い歴史を持つが、国内ではかつての熱い思いはない。前会長の植木光教氏は「2020年までに世界連邦を実現しよう」と旗印を挙げたが、その後、運動に進展があったとは思えない。
 世界連邦運動の理想は戦争の廃絶にある。先人たちにあったのは「国家がある限り戦争はなくならない」という思いであったに違いない。しかし、いまや人類が抱える問題は戦争だけではなくなっている。地球温暖化やエボラ出血熱など感染症の拡散といった問題解決も人類共通の課題として立ちはだかっている。
 いま我々が問われているのは、市民一人ひとりができる社会運動の提案ではないだろうか。愛媛県にはカンボジアでの地雷撤去を地道に進めている元自衛官がいる。香川県ではカンボジアの貧困に長年取り組んでいる女性たちがいる。徳島県でザンビアで医療支援をしている医師がいる。高知県でもラオスの学校をつくり続けている高校があり、タイ北部で孤児救済に取り組む青年がいる。
 目立つことではないが、小さな運動の一つひとつがやがて大きな運動のうねりとなって行くことに期待を寄せたい。
 四国ブロック大会はこれまで、原発の廃止や尖閣諸島の無国籍化を大会宣言に掲げた。昨年は「世界連邦運動四国八策(仮称)」の策定を宣言した。これまでの提言を引き続き掲げながら、実りのある運動を一つでもつくりあげていく必要性について確認し、その取り組みに着手すべく決意し、ここに宣言する。

2014年11月2日
第41回世界連邦四国協議会総会
2014年世界連邦四国ブロック大会

山口末子さんをしのんで

「松岡さん、若い人を世界連邦に入れてよ。」と、22年前の平成5年に初めてお会いして以来、私を見るたびに仰っていた山口末子さんが1月2日に満100歳の長寿を全うされました。謹んでご冥福をお祈りいたします。

山口さんは常にお着物を召されていました。細身の華奢なお体に草履履きのお姿は、全国の世界連邦運動家の間で知らぬ人がいない程でした。世界大会だけでなく観光などで世界中を回られ、外国の方から「一緒に写真を」とせがまれたと聞いています。“老後”に行く予定だった近場の「台湾」のみを残され、とうとう彼岸に旅立たれました。台湾旅行をご一緒できなかったのが残念です。
山口さんを半世紀もの間、世界連邦運動に導かれたのは、夫の小笠原論文氏でした。小笠原氏は「将来夫婦別姓の時代が来る!」と男女の「独立平等」を実践された先覚者であり、氏の世界連邦運動論は同じく「独立平等」で整然と貫かれており、指導を受けた青年の昭和62年7回忌追悼文には「20世紀の土佐が生んだ最高の哲学者だ」とあります。女性の細腕での繁盛ぶりは地元でも有名で、「万年筆の白亜堂の山口さん」で通っていました。5日の葬儀では、高知県一のアーケード街「帯屋町」のいくつもの組合から寄せられた花輪と共に、我が世界連邦運動協会海部俊樹会長の花輪が山口さんへの深い感謝の気持ちを告げていました。

私の20年の世界連邦運動の歩みは、山口さん抜きには語れません。四国ブロック大会や日本大会への同行、湯川スミ会長を囲んでの懇親会、高知市郊外に夫・論文氏が開墾された「自興山」での竹の子会等など、楽しい思い出ばかりです。「山口さん、あなたとの約束どおり、若い同士を発掘し、学生たちの世界連邦教育にも励んでいますよ。昨年の四国ブロック大会では同窓の馬路村村長の上治堂司氏に講演していただきましたよ。これからも高知ならではの貢献をお約束いたしますので、どうかご安心ください。ありがとうございました。」

2014年1月11日土曜日

賀川ランドをつくれないか 徳島大会で


 昨年10月5日、徳島市で世界連邦四国ブロック大会が開催された。全国でブロック会議があるのは四国だけ、4県の支部が順番に大会を開催している。第1回目が。東京オリンピック開催の前年、1963年だったから、50回目の記念すべき大会となった。

 今回の大会で面白かったのは、参加者を交えた議論が広がったことだった。原発や環境問題、はてはエスペラント語にまで広がった。個人的に面白かったのは徳島支部の一人が発言した領土問題だった。

「徳島県は賀川豊彦の故郷、賀川ランドをつくれないものか」

「つまり世界連邦の領土ということか」

「そういうことだ」

「確か、作家の北杜夫が自宅を領土としたマブゼ国を建国したことがある。架空の国家だが、どこかに、ここが世界連邦の領土だと宣言すれば面白い」

 ここまでは現実の議論で、ここから先は帰りの車の中での議論だ。

「今日の大会は珍しく議論が盛んだったね。面白かったよ」

「そうそう、予定していた講師がこれなくなったため、議論の時間が生まれたんだよ」

「日本大会もそうだが、参加者が意見を戦わす場が全然ないのはおかしいよ」

「昔のブロック大会は泊まり込みで2日にわたって開催していたからそんな時間もあった。サンデル教授の白熱教室みたいにやれたらいいね」

「さっきの議論の延長だけど、土佐市に使っていない農地が2反ほどあるんだけど、世界連邦の領土にしてもいいよ」

「えっ、それいいね。世界連邦領土なんて看板を立てれば話題になるかもしれないぜ」

「やろう、やろう。『高知県に初の世界連邦領土』なんて見出しでニュースになるかもしれない」

「土佐市自身がかつて世界連邦宣言しているんだから、全く問題ない。市長に提案してみようか」

こんな議論が車内で延々と続いた。そんな話は不真面目だと怒られるかもしれないが、本人たちはいたって真面目なのである。大上段に世界連邦を振りかざしても誰も振り向いてもくれない。だから議論の引き金になる目に見える行動が必要だというのが共通認識である。

松山支部はこれまでも平和出張や授業作文コンクールに力を入れてきたが、昨年から世界連邦の幟をつくった頻繁に街頭に立っている。松山市内だけではく、原爆の日には広島市に出かけ、東京で理事会があった際には新宿でも街頭に立った。議論も大切だが、行動が不可欠というのが松山支部の考え。今回の大会宣言では「次回開催地の高知で世界連邦四国八策(仮称)を策定する」ことを決めたことは大きな前進だった。

高知支部としては次回の大会から四国以外の支部からの参加を求めることになったことを報告しておきたい。(文責 伴武澄四国ブロック会長)

2013年7月25日木曜日

伴支部長が「萱野長知と孫文革命」で講演

日中友好協会高知支部が8月8日から高知市で開催する「理解・友誼・平和・池田大作と中国展」の前夜祭として日中友好に関する講演会を開催します。東京中国文化センターの石軍センター長に続いて世界連邦運動協会高知支部の伴武澄支部長が「萱野長知と孫文革命」と題して講演します。当日、ぜひご参加くださいますようお願い申し上げます。

 萱野は宮崎滔天とともに孫文革命を支えた日本人の一人として知られていますが、滔天が熊本出身であることは知られても、萱野が高知出身だったことはあまり知られていません。1941年に自著『支那革命秘笈』を書いていますが、ほとんど読まれることなく現在に到っています。しかし、高知市民図書館が歴史研究家久保田文治氏の協力で『萱野長知』『萱野長知・孫文関係史料集』という2冊の本を出版したことでかろうじてその足跡をたどることができるようになっています。日中関係史の秘史にあたる部分かも知れません。

 1925年、孫文が北京で死を覚悟したとき、萱野を呼んだことは有名な逸話となっています。そんな萱野長知を育んだのが高知の風土だったということにもう一度思いを馳せたいと思います。

 日時 2013年8月7日午後7時から
 場所 高新ホール(高知市本町3丁目2−15 ) 

「理解・友誼・平和・池田大作と中国展」オープニング

  ご案内

 謹啓、盛夏の候、皆様にはますますご清祥のこととお慶び申し上げます。平素は、私どもの諸活動に格別のご高配を賜り、心より感謝申し上げます。
 本年は、日中両国が平和友好条約を締結し、35周年の佳節を迎えます。これまでに幾多の人士が両国友好の為に尽力される中、45年前に『日中国交正常化提言』を発表するなど、多大なる貢献をされた代表的な人物のひとりが池田大作氏(創価学会インタナショナル会長)です。
 この度、両国の末永い平和友好を願い、「理解・友誼・平和 池田大作と中国展」(高知展)を開催させていただく運びとなりました。
 本展は、両国改善に尽力され、「金の橋」の道筋を築いたえ田大作氏の軌跡を国家二級文物の品々や数々のパネル展示で紹介するものです。本展が世々代々の両国友好の為に、そして世界平和の一助になれば幸甚です。
 展示物を所蔵する東京中国文化センターは、日本に中国文化を紹介するとともに、両国の文化交流の促進、両国民の相互理解を目的に2009年12月に中国政府が設立した文化機関です。
 つきましては、左記の通り『オープニングーセレモニー』を催したいと存じます。ご多繁の折りとは存じますが、何卒ご来臨の栄を賜りますようご案内申し上げます。

                              敬 白

「理解・友誼・平和・池田大作と中国展」(高知展)オープニングセレモニー
日 時 平成25年8月7日(水)午後4時開会
会 場 高知文化プラザ「かるぽーと」7階 第1展示室

主催:NPO法人 高知県日中友好協会(会長 鈴木康夫)
   東京中国文化センター(センター長 石軍)
協力:創価学会
問合せ先 高知市本町4-1-37 高知県社会福祉センター1階8号
     電話(088)825-0511 FAX(088)825-0513

                                 平成25年7月吉日

2012年11月16日金曜日

国会委員会会長に鳩山由紀夫氏

 11月8日午後4時過ぎより国会委員会総会が衆議院第二議員会館会議室で行われた。事務総長・大畠章宏氏の司会でスタート。  

 中野寛成氏から会長辞任の申し出があった。中野氏は次期衆議院選挙に出馬しないことから、今のうちに次期会長にバトンタッチしておきたいとして、鳩山由紀夫元総理を新会長に推薦、満場一致で可決された。この人事により、運動協会会長が海部俊樹元総理であることに加え、国会委員会も元総理が会長を務めることになった。

 鳩山由紀夫氏は、2005年の世界連邦の衆議院決議の時に当時の森山眞弓会長・井上義久氏、横光克彦氏とともに決議案の提出者になり、また、2002年に自民党の谷垣禎一氏・公明党の荒木清寛氏など当時の7政党の代表で「国際刑事裁判所早期加入を求めるアピール」を行った時に民主党を代表してアピールするなど、これまでも重要な局面で活躍していた。

 鳩山新会長は、尾崎行雄氏・アインシュタイン氏などの思いに触れつつ、世界連邦という究極の理想に向けて、東アジア共同体など1つ1つ具体的な取り組みをしていきたい旨の就任の挨拶を行った。谷垣禎一顧問、井上義久副会長から激励の言葉があった。

2012年9月2日日曜日

高松で四国ブロック役員会を開催

9月1日、高松市で四国ブロック役員会を開催し、5支部から13人が参加した。10月20日開催予定の四国ブロック大会の最終調整と、松山支部が構想している「環瀬戸内海アフリカ会議」について話し合った。

四国ブロック大会は4県が持ち回りで開催してきた会議で、今回は高松市での開催が決まっている。残念なことに香川県は世界連邦自治体協議会に参加している自治体がなくなっているため、われわれ民間の世界連邦運動協会支部だけによる大会となる。

大会の目玉はセカンドハンド創設者、新田恭子さんの「あなたの手を、世界の誰かに」と題する講演。セカンドハンドは20年来、古着の販売で得た収益でカンボジアの学校建設を中心にアジア、アフリカに手をさしのべている公益社団法人。

大会宣言については、四国ブロックとして「反原発」と「領土問題」について独自のアピールを打ち出すことで合意した。

アフリカ会議については前回、5月の役員会でも概要の説明があり、四国ブロックへの支援要請があった。松山支部事務局長の足立進一さんからその後の議論の経緯について説明があった。

足立さんによると、アフリカ会議の構想は2年後にアフリカ連合(AU)の委員長を招請したシンポジウムを開催し、その翌年、環瀬戸内海でAU諸国展を開催し、期間中にAU諸国会議を開き、それぞれの国で世界連邦実現のための議会決議を促す。

なぜ、アフリカなのかという疑問に対して松山支部は「アフリカ諸国はすでに連合体をもっており、アジアは学ぶべき立場にある」と説明。

高知支部の松岡さんは「日本大会の記念イベントとしてAU委員長を呼ぶなら実現性がある」と述べた。伴会長は「構想があまりにも大きいのでイメージが湧きにくい。松岡さんが言うように日本大会の記念講演者としてAU委員長を招くのだったらイメージしやすい。AU委員長の講演とその後の諸国会議を分離したらどうだ」と提案した。

徳島支部の宮崎さんに「日本大会のイベント」については同調しながら、「反原発や領土問題など旬の問題と取り扱えばアピール性が高まる」と提起した。

足立さんは「本部が機能しない中で地方が動かないと世界連邦運動は前進しない」とアフリカ会議の開催の必要性を強調した。

松山支部のアフリカ会議構想について、四国ブロックでの合意は得られなかったが、日本大会の松山招致の中で実現する提案があり、半歩前進したともいえる話し合いだった。(伴 武澄)

2012年7月29日日曜日

平成24年度「高知市平和の日」記念事業

高知市では市民の皆さんとともに未来に向けた平和への願いを継承していくことを目的に、平成元年8月6日を「高知市平和の日」と定め、毎年記念事業を開催しています。ことしも8月6日から15日までの期間中、平和資料展などの催しを開催します。

 今回は、第二次世界大戦の旧満州をはじめとする中国大陸からの引き揚げがテーマです。少年期に引き揚げを体験した赤塚不二夫さん、ちばてつやさんら漫画家12人が、実体験や記憶に残る中国の情景などを漫画で表現した「漫画展」を開催します。また、写真パネルや実物資料などの展示による「高知空襲展」も開催します。そのほか、漫画・映画評論家の石子順さんを講師としてお招きし、平和祈念講演会を開催するなどさまざまな関連事業を行います。

 当事業を通じて、来場されるみなさん、特に若い世代の方々に戦争の実体を知っていただくとともに、平和の大切さや命の尊さについて改めて考える機会としていただきたいと思います。
 多くの皆さんのご来場をお待ちしています。
 詳しくは高知市総務課国際平和係 088-823-9955へ。

漫画展 「中国からの引き上げ~少年たちの記憶」
日時 8月6日~15日 9:30から17:00
場所 自由民権記念館(桟橋通4-14-3)

関連行事
8月6日 9:30~10:00 オープニングセレモニー
          ・憲法前文の朗読
          ・清和女子中高等学校によるハンドベル演奏
    10:20~12:00 平和コンサート
    11:00~12:00 戦時中の代用食の試食コーナー
    13:30~14:45 平和祈念講演会
           「引き揚げ漫画でつなぐ心」
           講師 石子 順さん(漫画・映画評論家)
    15:00~16:50 平和祈念上映会「ひろしま」(104分)
8月11日 13:00~14:00 平和祈念上映会
          「君知ってる?首都炎上~アニメ東京大空襲」(18分)
          「おこんじょうるり」(25分 人形アニメーション)
8月12日 10:00~11:00 紙芝居朗読
          「ぼくが見た高知大空襲」
           岡倉正弘さん(平和資料館草の家館長)
8月15日 10:00~12:00 戦争と平和を語る座談会
8月6日~15日 記録ビデオ・映像資料の上映(随時)
       「平和への思い」作品展

2012年7月17日火曜日

世界連邦アジア会議の推進(「世界国家」から)

日本の敗戦によって、アジアに於ける八つの国が独立した。だが軍備的にいって、みな丸裸である。経済的に考えて、みな相当、苦しんでいる。

 ヨーロッパに、連邦議会が既に成立している如く、このアジアの丸裸の国々を連絡して、共栄共存の連邦議会を作ることは、世界平和のためにも、是非推進せらるべきものである。

 日本が軍備を持っていれば、アジアの諸国は、日本に付いて来ないだろう。日本が丸裸であるから、アジアの他の丸裸の国々も、日本を疑わないだろう。

 世界連邦の理想は高い、然しアジアが安定すれば、世界の安定は、更に容易になる。

 来る十一月三日から、広島で開催されんとするアジア会議は、民間外交の仕事としては、破天荒的な出来事である。我々はそれを成功させたい。然し、たとえそれが十全に成功しなくとも、世界に与うる影響は絶大であることを考える時に、どんな小さい集会でもよい。我々は広島に於けるアジア会議を推進する必要がある。

 もし、アジア会議の結論として、ルクセンブルグ国・ストラスブルグ市に中心を置くヨーロッパ議会の如きものが、アジアに於て結成される緒口が見付けられるならば、アジアの幸福は大である。そしてアジア連邦が成立するなら、日本は、敗けたことによって、百六十万の戦死者の犠牲を新しい意味に於て、民主的に生かすことになる。  (1952年7月号)

2012年6月3日日曜日

高知支部総会を開催

世界連邦運動高知支部は6月2日、高知市たかじょう庁舎で第63回(平成24年度)総会を開催した。23年度事業報告では2月に行われた講演会「絆つなぐ一杯の珈琲」が高知新聞に掲載されたことを紹介。総会を合わせて理事会が4回開催されたことが報告された。

年間の支出は講演会の経費などで20万8250円。24年度の予算は41万4675円。年4回の講演会「さきがけのつどい」の開催を通じて支部の認知度を高める一方、会員数の増強を図ることでも合意した。開催月は8月、11月、3月とし、年末の餅つき大会も開催することになった。

会報については 会員の問題意識を支部によせてもらうことを提案するなど内容の充実と発行の頻度を高めることで合意した。

意見交換では、「原発問題を取り上げ、たとえばLED電球の普及を推進すべきだ。LEDに言及されないのは、何か問題があるのか」「たとえば原発事故で2000人が死んでも原発を推進するのかという過激な問題提起が不可欠」という指摘があった。LEDに関して「照明は主に夜間に必要なもので昼間のピーク電力の抑制にはあまり役立たない」との考えが示され、原発事故については「台風や地震など大規模災害は悲惨であっても発生時が被害のピークだが、原発の場合は発生後に被害が広がる。放射能が半減期を迎えるのは短いものでも30年、長いものだと何万年もかかる」との意見があった。

2012年5月30日水曜日

環瀬戸内海で世界連邦国際会議という夢

四国ブロックで最も活発な活動をしているのは松山支部である。 四国ブロックの夢を語りたいという松山支部の要請を受けて一晩、道後温泉に議論に赴いた。愛媛県の放置自転車をマダガスカルに送り、武器を回収する事業を行っているNPOがあり、松山支部としてそのNPOとの会話を進める中で瀬戸内海でアフリカ諸国を招いたイベントを出来ないかという壮大な夢を抱き始めているというのだ。

ブロック長としての意見を聞きたいといわれて、まずは言葉を失った。そんな力が四国ブロックにあるはずもない。しかし大きなイベントも議論を始めなければ何も起きない。少しずつ議論を進めて同調者を増やしていこうということになっている。

世界連邦運動協会の総会で広島の城さんとその話をし、総会後にも国際部の勝見さんに「まだ夢の段階だが」とそのことを話した。城さんからは「環瀬戸内海」という言葉が出てきた。「いいね、香川、岡山を交えて話をする場を設けよう」。すべては弾みから始まる。加古川も乗るだろうし、ひょっとしたら大阪も参加を求めるかもしれない。

瀬戸内海は最近、島をめぐる博物館が好評である。四国ブロックが考えているのも芸術祭りである。音楽や絵画、彫刻・・・。言葉が違っていても理解しあえる分野である。アフリカ連邦(AU)に属する国家は現在54カ国。島はたくさんある。すべてのアフリカ諸国が参加することは無理だが、参加国一つずつが瀬戸内海の島々と結び付くことも不可能ではない。

サッカーのワールドカップが日韓で開催された時、出場国の練習場が全国の自治体に広がり、交流を深めた経験もある。さてさて議論はどこまで広がるか・・・。

2012年5月20日日曜日

10月20日に高松で四国ブロック大会を開催

5月12日、世界連邦四国ブロック協議会は理事会を高松市で開き、10月20日に四国ブロック協議会を高松市の高松テルサ(〒761-0113 香川県高松市屋島西町2366-1 Tel:087-844-3511)で開催することを決めた。

講演会では公益社団法人セカンドハンド設立者の新田恭子さんに「あなたの手を世界の誰かに!~チャリティーショップの魅力とカンボジア支援」と題して講演したいただくことになった。

新田さんはフリーアナウンサーの傍ら、1994年に国際協力団体セカンドハンドを高松市に設立し、日本初のチャリティーショップの収益でカンボジアに学校建設を始めた。数多くの学校建設のほか、職業訓施設や医療施設を建設支援するなど活動地域ををカンボジア以外にも拡大している。

2012年2月8日水曜日

世界連邦のイニシアチブを取る意義がある日本人

昨年11月の日経新聞の「私の履歴書」を書いたのは元米国野村證券会長の寺澤芳男氏だった。最終回に自らWorld Federalistであることを明らかにした。自分のこれからの仕事として「国際人の育成と世界連邦の実現に向けた努力である」と述べ、尾崎行雄について言及した。

私が尊敬する政治家・尾崎行雄(1858-1954年)は憲政擁護運動で有名だが、世界市民が同じ条件で暮らせる連邦思想を持ち、それを理想とした。その構想は選挙区を持つ政治家ではなく、市民によるものとして尾崎行雄記念財団が引き継いだ。キリスト教でもイスラム教でもないヤオヨロズの神をもつ日本人として世界連邦のお膳立てを手伝いたい。特に世界で唯一の核の被爆国として、日本人がそのイニシアチブを取ることに意義がある。

尾崎は20世紀初め、米タフト大統領夫人の希望で、数千本のサクラの苗木を贈った。こうしてワシントンの名所となったポトマック河畔は来年植樹から100周年を迎え、数々の記念行事が準備されていると聞く。この話は日米興隆にいろいろな手法があると私たちの教えてくれる。

履歴書第1回で東日本大震災に遭われた方たちと一緒に元気になりたいと書いた。被災者ではなく我々がもっともっと知恵を出し、行動しなくてはと思う。

ここでドイツの文豪ゲーテの言葉をとくに若い人たちに紹介したい。

財を失うことは小さく失うことである。
名誉を失うことは大きく失うことである。
勇気を失うことはすべてを失うことである。

これからの人生、何が待ち受けているかわかりませんが、勇気ある日々を送りましょう。皆さん、ありがとうございました。

2011年12月16日金曜日

国際社会で強まる「保護する責任」 議員総会設立も急務と犬塚氏

10月に米ワシントンで開かれた世界連邦運動の国際理事会に参加した犬塚直史国際委員長が12月8日、世界連邦国会委員会で講演し、内戦などで国民の生命が危険に瀕している場合、国際社会が積極的に関与すべきだという意識が強まり、国連で保護する責任の役割が年々大きくなっていると報告した。またEU議会にならって国連でも国益を乗り越えた議員総会の設立が急務であるとの認識を示した。以下、講演の要旨である。

最近、注目されているのが「保護する責任」。従来、国際社会は「内政不干渉」が原則だったが、ルアンダでの虐殺を契機に意識が大きく変化した。政府が国民を保護する能力がなかったり、保護する意思がなかったりする場合、国際社会が代わりに責任を負うというものである。2005年の国連総会で全会一致で採択され、今年のリビア内紛では国連が保護する責任を発動した。世界連邦ができた場合は、この保護責任原則に基づいて動くはずである。

2009年からWFMが保護する責任の事務局となっていて、2011年11月だけでも世界各地で10回もセミナーが開催されネットでも報告されている。日本に世界で起きている動きを伝えるため、日本語サイトを立ち上げたい。

もう一つ注目してほしいのが国連議員総会(UNPA)の考えだ。現在の国連は政府代表によって成り立っているが、EU議会にならって世界や地球全体のことを考えるために、国益代表でない代表を選出しようというのである。

すでに国連憲章22条で補助機関を設ける規定があるので、これを用いれば国連憲章の改正をしなくても議員総会は設置できると考えられている。国連議員総会の設置に対して反対しているのが列国議会同盟(IPU)であるが、列国議会同盟を議員総会に発展させるということを提案していっても良いのではないかと思う。

世界連邦運動ニューヨーク本部では約4億ドルの寄附を集めたが、74%は国際刑事裁判所問題NGO連合、21%は保護する責任の国際連合へのもので、世界連邦運動そのものへの寄附は4%に過ぎない。本部の運動は世界連邦そのものを直接前面に押し出すのではなく、国際刑事裁判所、保護する責任などのプロジェクトで進めて成功している。

1998年に国際刑事裁判所のNGO連合を立ち上げた時は17の団体しか加盟していなかったが、現在はなんと2500ものNGOが加盟している。世界連邦運動のウィリアム・ペイス氏がその代表を務めているが、世界連邦であるということを前面に出してはいないので、他のNGOは中心が世界連邦とは知らないであろう。

2003年国際刑事裁判所が実際に設立されたのは、世界連邦運動の大きな成果である。スーダンでは元大統領が責任追及されることまで起きている。「侵略の罪」について個人責任を追及するようになったのも大きな前進である。今後は核兵器の使用についても対象とすることを求めていくべきである。(伴 武澄)

2011年11月25日金曜日

金沢で思い出した尾崎行雄の「非国民たれ」

金沢連合会のお誘いがあって、「秋の講演会」で講師をつとめることになった。高知から金沢までJRで旅した。太平洋から瀬戸内海、琵琶湖(淡の海)、そして日本海と四つの海を車窓に眺めた。なかなかない旅である。

金沢にはふるさと偉人館があり、講演の朝訪ねた。八田与一の展示を確認するためだったのだが、金沢には明治以降、多くの偉人を輩出していることをあらためて知らされた。高知で「龍馬。龍馬」と騒いでいる場合でないと思わされた。

高峰譲吉はアドレナリンなどの発見で世界的な科学者だ。ノーベル医学賞をとってもおかしくない業績を残した。その展示で見つけたのは「ワシントンのポトマック河のサクラ植樹に資金を提供したのは高峰譲吉である」との説明であった。

あのサクラは 世界連邦運動協会の初代会長の尾崎行雄が東京市長時代にワシントン市との友好を願って寄贈したものだと思っていた。当然、資金は東京市が負担したのだと思っていたらそうではなかった。高峰譲吉は当時、自分の発明を企業化する、いまでいうところのベンチャー企業家だった。

世界連邦運動との面白いつながりを発見した思いだった。

その尾崎行雄は生前、とんでもないことを言っている。「非国民たれ」というのだ。国があるから争う、というより、国家は争う目的でつくられたという方が正しいかもしれない。

昔の人はすごいことを平然と言ってのける。尾崎によれば、有為の武士たちが脱藩して近代日本をつくったのだから、同じことを地球規模でやればいいということになる。その有為の武士たちによる脱藩という行為こそが「非国民」なのだ。

ひょっとしたら「歴史」もまた「国威」とつながる可能性を秘めている。「日本外史」が書かれたのは、幕末に外敵が現れたからで、敵が出現しなければ、武士たちが「日本」をあれほど意識することはなかったはずだ。

2011年10月23日日曜日

松山市で四国ブロック大会を開催

市民参画まちづくり課の中川眞人課長
第38回世界連邦四国協議会総会と2011年世界連邦運動協会四国ブロック大会が10月22日、松山市の松山総合コミュニティーセンターで開催され、四国4県から約40人が集まった。

大会宣言の中で2005年、衆議院が「世界連邦実現への道の探求に最大限の努力をすべし」と決議し、世界平和構築のためには、世界連邦の実現が重要であることを世界に向けて発信したが、それからの6年、政府はどのような顕著な対応をしてきていないことを強調。「四国四県が力を合わせ、全国各地の志ある方々と共に力を尽して、衆参両院による「世界連邦日本国会委員会」のさらなる強化を働きかけるべきだとの提言を加えたい」と宣言した。

広島修道大学教授の城忠彰教授が、「欧州統合からみた世界連邦の近未来」と題して基調講演し、次のように語った。詳細は→

広島修道大学の城忠彰教授
「 世界連邦は経済交流つまり自由貿易が深化して経済面で国境がなくなるのが第一段階。もう一つは地域的統合が進む。北米のNAFTAはカナダ、アメリカ、メキシコの関税はない。南米のメルスコールがあり、南北アメリカを一緒にしようという構想も進行中である。そして環太平洋がある。そのほか軍事面をどうするか信頼関係をどうするか、他の人権などの課題をどうするか。そういうことを考えると東アジア共同体の未来はとても難しいと思う。昨年、欧州連合本部のあるブリュッセルを訪ねた。27カ国の旗があり、その旗の下にすべての加盟国の国名が書いてある。英語ではなく、それぞれの言語で表記されている。よく見るとすべてアルファベットだ。キリスト教に加えてアルファベットという共通基盤がある。アジアはどうだろうか。
新ブロック会長に就任した伴武澄氏
EUをモデルにして世界連邦についていろいろ話をした。実際、国連の議員を選んで総会に出すとか、連帯税をつくるとかいろいろな試みがあるがまだ流動的だ。私たちの運動が近い将来どうなるか。また世界はどう動いていくかについては未知数のことが多いが、冒頭に話したようにわれわれは世界連邦以外に世界の問題を解決する根本的なシステムを持っていない。

また、四国ブロック協議会の中山淳会長が退任し、公認に伴武澄高知支部長が就任した。伴新会長は「世界連邦の実現には時間がかかる。目標は目標として、今後は道州制や原発問題などにも議論広げていきたい。四国には中心都市がない。このことが逆に道州制導入をやりやすくさせるかもしれない」などとあいさつした。次回の開催地は高松市。

2011年9月23日金曜日

10月22日に松山で四国ブロック大会

 四国4県の世界連邦支部は10月22日、松山市総合コミュニティーセンターで四国ブロック大会を開催する。第38回目の開催となる。
大会では記念講演として、広島修道大学教授の城忠章氏が「欧州統合からにた世界連邦の近未来」と題して記念講演する。
四国ブロックは昭和38年に高松市でブロック大会を皮切りに4県持ち回りで大会を開催してきた。かつて世界連邦運動が盛んだったことには県庁所在地以外にも、南国市、琴平町、土佐清水市、大洲市、新居浜市などでもブロック大会を開催するなどユニークな活動を繰り広げてきた。
四国地区の世界連邦宣言自治体は香川県、愛媛県、高知県のほか、27市町で行われている。
また支部は徳島、香川、高知のほか、愛媛では松山、新居浜、大洲に支部が置かれている。
現在四国ブロックの代表は松山市の中山淳氏が務めている。

筋金入りの世界連邦論者だった亡夫 山口末子【運動を支えた人々01】

高知支部には97歳の会員が2人いる。奥山さんと山口末子さん。末子さんは日本大会の常連でもあるので多くの会員はご存知であろうと思う。先日、秋の四国ブロック大会の準備会のため末子さんと松山市までご一緒した。車中で世界連邦との出会いについて話を聞いた。


世界連邦運動はもともと亡夫が高知で旗を振っていたことから「いつから」とはいえないという。ご主人は小笠原論文といった。奉天市に奉職中に終戦を迎えシベリア抑留となった。運よく1948年に高知に帰ることができた。シベリア抑留の体験から戦争絶滅の運動を開始した。世界連邦運動は第一回会合から参加した筋金入りの会員である。

 高知支部は、高知の良心の一人ともいわれる中澤寅吉氏が創設した。中澤薬業という医薬品の卸業を四国最大の企業に育てる一方、敬虔なキリスト教徒として知られた。世界連邦運動の立役者、賀川豊彦が高知に来た時は必ず、中澤氏の家に泊まったという。小笠原氏は当然、高知支部に合流し長年、事務局長として支部運営を支えた。
 全国どこの支部で同じだったと思うが、地元政財界がこぞって世界連邦運動を支援した時代があった。高知支部の場合、高知新聞社長や高知大学学長までが参画する国民的運動だったのである。

小笠原氏の面白いところは、末子さんと結婚しても姓を変えなかったことである。夫婦別姓で何が悪いと考える人物だった。しかし子供が大きくなって「どうして両親の姓が違うのか」を悩み始めると、「そんなら今日から山口を名乗る」と潔く妻の姓を名乗ることになった。それから山口論文となった。

末子さんの家業は万年筆屋「白亜堂」。「家業はぜんぜん手伝いません。お客が店に来ても口もきかんのです」「世界を廃藩置県せにゃならんというのが口癖でした。全国の同志と交流する日々で何冊も世界連邦に関する本を執筆しました」。

有名なのは『次の時代の行動原理』なのだそうだが、近いうちにお借りすることになっている。(伴 武澄)

志は大きく、敗北主義はだめ、転換期にジョージとトシキ関係

Q:このたびは桐花大綬章の受章おめでとうございます。海部さんは1989年から約2年半にわたり首相をつとめられました。当時は国際政治の大転換期でした。ベルリンの壁の崩壊があり、東西冷戦構造が消滅し、湾岸戦争も起き、日本の自衛隊のあり方も問われました。経済面では日米構造協議というかつてない困難な問題に直面しましたが、ブッシュ大統領とはジョージ、トシキと呼び合う信頼関係をつくりました。



海部会長:中曽根首相とレーガン大統領に続いてジョージとトシキの関係をつくれたのは大きかった。ジョージは気配りの人で正月の朝、まだ官邸に誰もいない時間帯に国際電話がかかり、直接出ると交換手が「プレジデント・イズ・オン・ザ・ライン」というのです。続いてジョージが「ハッピー・ニューイヤー」と電話に出たのでびっくり。ワシントンではまだ大晦日なんですよね。日本の時間に合わせてわざわざ電話してくれたのです。日米構造協議の最中で、こういう人のためならばと思わせるものがありました。
Q 海部さんといえば、90年のヒューストン・サミットでサッチャー首相やマルルーニ首相らを大笑わせたエピソードがあります。あの時、いったい何と言って笑わせたのですか。
海部会長:カナダのマルルーニ首相が「テキサスは暑すぎる」と繰り返していて「もう倒れそうだ」とこっちに寄りかかってきたのです。とっさに「アイ・アム・ノット・ストロング・イナフ」「倒れるんなら向こうに鉄の女がいるから、向こうに倒れろ」って言ったんです。そしたらブッシュ大統領らが大笑いになりました。その写真が新聞に大きく掲載されて、朝日新聞は「7月10日は海部記念日」と書いてくれました。
Q:ところで高度成長期に日本の役割を考えられ、現在の青年海外協力隊を創設されたのは海部さんとうかがっていますが。
海部会長:そうなんです。1964年でしたか。アメリカのケネディ大統領が平和部隊をつくって青年を海外に派遣しました。それにならって日本に青年海外奉仕隊をつくりました。小渕恵三さん、西岡武夫さん、民間では末次一郎さん等が一緒に手伝ってくれました。名称も奉仕でなく協力だ。青年海外協力隊が良いという事になりました。
大学を回って説明したところ「夢をもう一度ということか」といわれ、そんな気持ちではアジアは一つとはいえないと反論しました。日本が世界に貢献できるのは若者であると思ったのです。

Q:国境を越えて青年が活躍していけば、相互理解が一層深まります。世界連邦の考えとつながるものがあると思いますが。
海部会長:僕が中学生だったのは終戦直後でした。目的がなかった僕らを励ましてくれたのが東海中学の校長先生でした。林霊法という浄土宗の坊さんでした。後に知恩院の法主となられました。京都で開かれる弁論大会に出場しないかと言うのです。「平和国家建設と我ら」という題で7分間の弁論をしたら、優勝してしまいました。優勝旗を持って帰ってくると一番喜んで下さったのが林校長先生でした。翌朝全校生徒が集まる場で「海部君良くやった」と褒められました。弁論大会では何を話したのかよく覚えていませんが、平和憲法もまだ教えてもらっていなかった時代です。300万人の同胞の犠牲で体験した反省があり、スクラムを組んでノーと声を合わせるのが中学生の使命であるというような事を言いました。早稲田大学に入ってから世界連邦運動の誘いがありました。特に雄弁会会長の時子山常三郎先生(世界連邦運動協会第四代会長)が熱心でした。御自宅に伺うと世界連邦とは平和の為に必要不可欠と話されていた事を今でも忘れません。しかし、総論賛成で、米ソが仲良くなったり、そう簡単に世界が統一できるとは思いませんでした。

Q:首相在任中にベルリンの壁が崩壊する事件がありました。
海部会長 そうなんです。二つの対立がこんなに早く崩壊するとは思いませんでした。問題はそれで平和がやって来たわけではありません。米ソ対立が終われば平和がやってくると考えていまし、必ず自由主義社会が勝つと思っていました。しかし、そう簡単、単純ではありませんでした。
Q:世界連邦運動も総論賛成、各論反対が多いですね。
海部会長:そうですが、志は大きく、初めから敗北主義はいけません。小さくとも意志をもっていればやがて大きくなります(『志有竟成』)。菅直人首相は最小不幸社会を目指すのが政治だと言いましたが、それではだめです。やはり最大多数の最大幸福を求めていかなければなりません。世界連邦もそうです。
インタビュアー:伴武澄(執行理事)