2012年6月3日日曜日

高知支部総会を開催

世界連邦運動高知支部は6月2日、高知市たかじょう庁舎で第63回(平成24年度)総会を開催した。23年度事業報告では2月に行われた講演会「絆つなぐ一杯の珈琲」が高知新聞に掲載されたことを紹介。総会を合わせて理事会が4回開催されたことが報告された。

年間の支出は講演会の経費などで20万8250円。24年度の予算は41万4675円。年4回の講演会「さきがけのつどい」の開催を通じて支部の認知度を高める一方、会員数の増強を図ることでも合意した。開催月は8月、11月、3月とし、年末の餅つき大会も開催することになった。

会報については 会員の問題意識を支部によせてもらうことを提案するなど内容の充実と発行の頻度を高めることで合意した。

意見交換では、「原発問題を取り上げ、たとえばLED電球の普及を推進すべきだ。LEDに言及されないのは、何か問題があるのか」「たとえば原発事故で2000人が死んでも原発を推進するのかという過激な問題提起が不可欠」という指摘があった。LEDに関して「照明は主に夜間に必要なもので昼間のピーク電力の抑制にはあまり役立たない」との考えが示され、原発事故については「台風や地震など大規模災害は悲惨であっても発生時が被害のピークだが、原発の場合は発生後に被害が広がる。放射能が半減期を迎えるのは短いものでも30年、長いものだと何万年もかかる」との意見があった。

2012年5月30日水曜日

環瀬戸内海で世界連邦国際会議という夢

四国ブロックで最も活発な活動をしているのは松山支部である。 四国ブロックの夢を語りたいという松山支部の要請を受けて一晩、道後温泉に議論に赴いた。愛媛県の放置自転車をマダガスカルに送り、武器を回収する事業を行っているNPOがあり、松山支部としてそのNPOとの会話を進める中で瀬戸内海でアフリカ諸国を招いたイベントを出来ないかという壮大な夢を抱き始めているというのだ。

ブロック長としての意見を聞きたいといわれて、まずは言葉を失った。そんな力が四国ブロックにあるはずもない。しかし大きなイベントも議論を始めなければ何も起きない。少しずつ議論を進めて同調者を増やしていこうということになっている。

世界連邦運動協会の総会で広島の城さんとその話をし、総会後にも国際部の勝見さんに「まだ夢の段階だが」とそのことを話した。城さんからは「環瀬戸内海」という言葉が出てきた。「いいね、香川、岡山を交えて話をする場を設けよう」。すべては弾みから始まる。加古川も乗るだろうし、ひょっとしたら大阪も参加を求めるかもしれない。

瀬戸内海は最近、島をめぐる博物館が好評である。四国ブロックが考えているのも芸術祭りである。音楽や絵画、彫刻・・・。言葉が違っていても理解しあえる分野である。アフリカ連邦(AU)に属する国家は現在54カ国。島はたくさんある。すべてのアフリカ諸国が参加することは無理だが、参加国一つずつが瀬戸内海の島々と結び付くことも不可能ではない。

サッカーのワールドカップが日韓で開催された時、出場国の練習場が全国の自治体に広がり、交流を深めた経験もある。さてさて議論はどこまで広がるか・・・。

2012年5月20日日曜日

10月20日に高松で四国ブロック大会を開催

5月12日、世界連邦四国ブロック協議会は理事会を高松市で開き、10月20日に四国ブロック協議会を高松市の高松テルサ(〒761-0113 香川県高松市屋島西町2366-1 Tel:087-844-3511)で開催することを決めた。

講演会では公益社団法人セカンドハンド設立者の新田恭子さんに「あなたの手を世界の誰かに!~チャリティーショップの魅力とカンボジア支援」と題して講演したいただくことになった。

新田さんはフリーアナウンサーの傍ら、1994年に国際協力団体セカンドハンドを高松市に設立し、日本初のチャリティーショップの収益でカンボジアに学校建設を始めた。数多くの学校建設のほか、職業訓施設や医療施設を建設支援するなど活動地域ををカンボジア以外にも拡大している。

2012年2月8日水曜日

世界連邦のイニシアチブを取る意義がある日本人

昨年11月の日経新聞の「私の履歴書」を書いたのは元米国野村證券会長の寺澤芳男氏だった。最終回に自らWorld Federalistであることを明らかにした。自分のこれからの仕事として「国際人の育成と世界連邦の実現に向けた努力である」と述べ、尾崎行雄について言及した。

私が尊敬する政治家・尾崎行雄(1858-1954年)は憲政擁護運動で有名だが、世界市民が同じ条件で暮らせる連邦思想を持ち、それを理想とした。その構想は選挙区を持つ政治家ではなく、市民によるものとして尾崎行雄記念財団が引き継いだ。キリスト教でもイスラム教でもないヤオヨロズの神をもつ日本人として世界連邦のお膳立てを手伝いたい。特に世界で唯一の核の被爆国として、日本人がそのイニシアチブを取ることに意義がある。

尾崎は20世紀初め、米タフト大統領夫人の希望で、数千本のサクラの苗木を贈った。こうしてワシントンの名所となったポトマック河畔は来年植樹から100周年を迎え、数々の記念行事が準備されていると聞く。この話は日米興隆にいろいろな手法があると私たちの教えてくれる。

履歴書第1回で東日本大震災に遭われた方たちと一緒に元気になりたいと書いた。被災者ではなく我々がもっともっと知恵を出し、行動しなくてはと思う。

ここでドイツの文豪ゲーテの言葉をとくに若い人たちに紹介したい。

財を失うことは小さく失うことである。
名誉を失うことは大きく失うことである。
勇気を失うことはすべてを失うことである。

これからの人生、何が待ち受けているかわかりませんが、勇気ある日々を送りましょう。皆さん、ありがとうございました。

2011年12月16日金曜日

国際社会で強まる「保護する責任」 議員総会設立も急務と犬塚氏

10月に米ワシントンで開かれた世界連邦運動の国際理事会に参加した犬塚直史国際委員長が12月8日、世界連邦国会委員会で講演し、内戦などで国民の生命が危険に瀕している場合、国際社会が積極的に関与すべきだという意識が強まり、国連で保護する責任の役割が年々大きくなっていると報告した。またEU議会にならって国連でも国益を乗り越えた議員総会の設立が急務であるとの認識を示した。以下、講演の要旨である。

最近、注目されているのが「保護する責任」。従来、国際社会は「内政不干渉」が原則だったが、ルアンダでの虐殺を契機に意識が大きく変化した。政府が国民を保護する能力がなかったり、保護する意思がなかったりする場合、国際社会が代わりに責任を負うというものである。2005年の国連総会で全会一致で採択され、今年のリビア内紛では国連が保護する責任を発動した。世界連邦ができた場合は、この保護責任原則に基づいて動くはずである。

2009年からWFMが保護する責任の事務局となっていて、2011年11月だけでも世界各地で10回もセミナーが開催されネットでも報告されている。日本に世界で起きている動きを伝えるため、日本語サイトを立ち上げたい。

もう一つ注目してほしいのが国連議員総会(UNPA)の考えだ。現在の国連は政府代表によって成り立っているが、EU議会にならって世界や地球全体のことを考えるために、国益代表でない代表を選出しようというのである。

すでに国連憲章22条で補助機関を設ける規定があるので、これを用いれば国連憲章の改正をしなくても議員総会は設置できると考えられている。国連議員総会の設置に対して反対しているのが列国議会同盟(IPU)であるが、列国議会同盟を議員総会に発展させるということを提案していっても良いのではないかと思う。

世界連邦運動ニューヨーク本部では約4億ドルの寄附を集めたが、74%は国際刑事裁判所問題NGO連合、21%は保護する責任の国際連合へのもので、世界連邦運動そのものへの寄附は4%に過ぎない。本部の運動は世界連邦そのものを直接前面に押し出すのではなく、国際刑事裁判所、保護する責任などのプロジェクトで進めて成功している。

1998年に国際刑事裁判所のNGO連合を立ち上げた時は17の団体しか加盟していなかったが、現在はなんと2500ものNGOが加盟している。世界連邦運動のウィリアム・ペイス氏がその代表を務めているが、世界連邦であるということを前面に出してはいないので、他のNGOは中心が世界連邦とは知らないであろう。

2003年国際刑事裁判所が実際に設立されたのは、世界連邦運動の大きな成果である。スーダンでは元大統領が責任追及されることまで起きている。「侵略の罪」について個人責任を追及するようになったのも大きな前進である。今後は核兵器の使用についても対象とすることを求めていくべきである。(伴 武澄)

2011年11月25日金曜日

金沢で思い出した尾崎行雄の「非国民たれ」

金沢連合会のお誘いがあって、「秋の講演会」で講師をつとめることになった。高知から金沢までJRで旅した。太平洋から瀬戸内海、琵琶湖(淡の海)、そして日本海と四つの海を車窓に眺めた。なかなかない旅である。

金沢にはふるさと偉人館があり、講演の朝訪ねた。八田与一の展示を確認するためだったのだが、金沢には明治以降、多くの偉人を輩出していることをあらためて知らされた。高知で「龍馬。龍馬」と騒いでいる場合でないと思わされた。

高峰譲吉はアドレナリンなどの発見で世界的な科学者だ。ノーベル医学賞をとってもおかしくない業績を残した。その展示で見つけたのは「ワシントンのポトマック河のサクラ植樹に資金を提供したのは高峰譲吉である」との説明であった。

あのサクラは 世界連邦運動協会の初代会長の尾崎行雄が東京市長時代にワシントン市との友好を願って寄贈したものだと思っていた。当然、資金は東京市が負担したのだと思っていたらそうではなかった。高峰譲吉は当時、自分の発明を企業化する、いまでいうところのベンチャー企業家だった。

世界連邦運動との面白いつながりを発見した思いだった。

その尾崎行雄は生前、とんでもないことを言っている。「非国民たれ」というのだ。国があるから争う、というより、国家は争う目的でつくられたという方が正しいかもしれない。

昔の人はすごいことを平然と言ってのける。尾崎によれば、有為の武士たちが脱藩して近代日本をつくったのだから、同じことを地球規模でやればいいということになる。その有為の武士たちによる脱藩という行為こそが「非国民」なのだ。

ひょっとしたら「歴史」もまた「国威」とつながる可能性を秘めている。「日本外史」が書かれたのは、幕末に外敵が現れたからで、敵が出現しなければ、武士たちが「日本」をあれほど意識することはなかったはずだ。

2011年10月23日日曜日

松山市で四国ブロック大会を開催

市民参画まちづくり課の中川眞人課長
第38回世界連邦四国協議会総会と2011年世界連邦運動協会四国ブロック大会が10月22日、松山市の松山総合コミュニティーセンターで開催され、四国4県から約40人が集まった。

大会宣言の中で2005年、衆議院が「世界連邦実現への道の探求に最大限の努力をすべし」と決議し、世界平和構築のためには、世界連邦の実現が重要であることを世界に向けて発信したが、それからの6年、政府はどのような顕著な対応をしてきていないことを強調。「四国四県が力を合わせ、全国各地の志ある方々と共に力を尽して、衆参両院による「世界連邦日本国会委員会」のさらなる強化を働きかけるべきだとの提言を加えたい」と宣言した。

広島修道大学教授の城忠彰教授が、「欧州統合からみた世界連邦の近未来」と題して基調講演し、次のように語った。詳細は→

広島修道大学の城忠彰教授
「 世界連邦は経済交流つまり自由貿易が深化して経済面で国境がなくなるのが第一段階。もう一つは地域的統合が進む。北米のNAFTAはカナダ、アメリカ、メキシコの関税はない。南米のメルスコールがあり、南北アメリカを一緒にしようという構想も進行中である。そして環太平洋がある。そのほか軍事面をどうするか信頼関係をどうするか、他の人権などの課題をどうするか。そういうことを考えると東アジア共同体の未来はとても難しいと思う。昨年、欧州連合本部のあるブリュッセルを訪ねた。27カ国の旗があり、その旗の下にすべての加盟国の国名が書いてある。英語ではなく、それぞれの言語で表記されている。よく見るとすべてアルファベットだ。キリスト教に加えてアルファベットという共通基盤がある。アジアはどうだろうか。
新ブロック会長に就任した伴武澄氏
EUをモデルにして世界連邦についていろいろ話をした。実際、国連の議員を選んで総会に出すとか、連帯税をつくるとかいろいろな試みがあるがまだ流動的だ。私たちの運動が近い将来どうなるか。また世界はどう動いていくかについては未知数のことが多いが、冒頭に話したようにわれわれは世界連邦以外に世界の問題を解決する根本的なシステムを持っていない。

また、四国ブロック協議会の中山淳会長が退任し、公認に伴武澄高知支部長が就任した。伴新会長は「世界連邦の実現には時間がかかる。目標は目標として、今後は道州制や原発問題などにも議論広げていきたい。四国には中心都市がない。このことが逆に道州制導入をやりやすくさせるかもしれない」などとあいさつした。次回の開催地は高松市。